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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)1285号 判決

主文

一  被告は、原告薮西美代子に対し金三二三万五二一三円、原告薮西慶治、同薮西繁、同薮西善美に対しそれぞれ金一〇七万八四〇四円及び右各金員に対する昭和五五年八月一四日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その二を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

(一) 被告は、原告藪西美代子に対し金八一〇万円、原告藪西慶治、同藪西繁、同藪西善美に対しそれぞれ金二七〇万円及び右各金員に対する昭和五五年八月一四日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  (予備的)

(一) 被告は、原告藪西美代子に対し金八一〇万円、原告藪西繁、同藪西善美に対しそれぞれ金四〇五万円及び右各金員に対する昭和五五年八月一四日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時

昭和五一年一〇月一七日

(二) 場所

三木市志染町窟屋七三六

(三) 態様

訴外藪西勉(以下「訴外勉」という。)が、原告藪西慶治(以下「原告慶治」という。)の運転する軽四輪貨物自動車(六六神戸あ一九一八号。以下「本件自動車」という。)の荷台の同乗中、原告慶治が運転を誤り本件自動車を脱輪、横転させたため、訴外勉が負傷した。

2  訴外勉の負傷

(一) 訴外勉は、本件事故のため、第六・七頸椎脱臼骨折(頸髄損傷)、右大腿骨骨折の傷害を受け、右治療のため、次のとおり入、通院治療を受けた。

(1) 昭和五一年一〇月一七日から同年一一月一五日まで(三〇日間)

市立三木市民病院入院

(2) 昭和五一年一一月一五日から同五四年八月四日まで(九九三日間)

高原整形外科医院入院

(3) 昭和五四年八月五日から同五五年六月三〇日まで

右医院通院(但し右期間のうち三一日間)

(二) しかし、頸髄損傷のため、症状は殆んど改善せず、昭和五五年七月九日、後遺障害として自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表一級相当(両上下肢の用廃大小便失禁のため常時介護を要する。)との診断が確定した。

3  損害

本件事故により、訴外勉に生じた損害額は、少なくとも左の額(合計六四六五万五一一〇円)を下回ることはない。

(一) 傷害部分

(1) 休業補償 一一六七万九〇六六円

右は、昭和五一年版賃金センサス男子四八歳の平均賃金三一八万五二〇〇円(年収)の昭和五一年一一月から同五五年六月までの四四か月分として算出したもの。

(2) 慰謝料 三〇〇万円

(二) 後遺障害分

(1) 逸失利益 三四九七万六〇四四円

右は、就労可能年数一五年(症状固定時、訴外勉は五二歳であつた。)としてホフマン方式で算出。

3,185,200×10,9808=34,976,044

(2) 慰謝料 一五〇〇万円

4  自賠責保険契約の締結

原告慶治は、本件自動車につき、被告との間で左の内容の自賠責保険契約を締結していた。

証明書ナンバー F、二〇五六二八二―四

保険期間 昭和五〇年一二月九日から同五二年一二月九日まで

5  被告の責任

(一) 原告慶治の運行供用者性

本件自動車は、原告慶治の所有であり、かつ、原告慶治は本件自動車について運行支配、運行利益を有していたものであるから、原告慶治は、本件事故当時本件自動車の運行供用者であつたものというべきである。

すなわち、本件自動車は、原告慶治が運転免許を取得したので、通学その他のために購入したものであるが、その費用は一旦訴外勉が立て替え、あとで原告慶治がアルバイト等で返済したものであつた。

本件自動車の所有者を原告慶治とする旨の関係者の意思は当初から明白であり、この事実は、本件自動車の登録名義、保険契約名義がいずれも原告慶治となつていることでも明らかである。

したがつて、本件自賠責保険契約を締結した被告は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条に基づき、訴外勉の被つた損害につき、その賠償額の支払いをなすべき義務がある。

(二) 訴外勉の他人性

仮に、訴外勉も原告慶治と並んで本件事故当時、本件自動車の運行供用者であつたとしても、原告慶治の本件自動車についての運行支配、運行利益は、訴外勉のそれより直接的、顕在的、具体的であつたというべきであるから、被告は、自賠法一六条により自賠法三条の他人である訴外勉の被つた損害につき、その賠償額の支払いをなすべき義務がある。

すなわち、本件事故当時訴外勉と原告慶治とは同居していたので、休みの日などに原告慶治が本件自動車を使用して訴外勉の農業を手伝つたことのあることは当然であり、本件事故もそのような機会に発生したものであつたのであるが、原告慶治は当時学生であつて日常は通学しており、訴外勉は運転免許を持つていなかつたため、平素農作業用の運搬等には別のテーラーを使用し、本件自動車を使うことはなかつた。

右の事情に加え、既に述べたように原告慶治が本件自動車の所有者であつたこと、本件事故当時原告慶治が本件自動車について現に運転従事中であつたこと等の事実によれば、訴外勉の運行支配、運行利益が原告慶治のそれに比して直接的、顕在的、具体的であつたとは到底いいえない。

6  損害賠償金の支払請求

訴外勉は、本件事故につき、昭和五五年八月一三日、被告に対し自賠法一六条に基づき損害賠償金の支払請求をなした。

7  訴外勉の死亡による損害賠償請求権の承継訴外勉は昭和五六年六月一二日死亡し、同人の妻である原告薮西美代子(以下「原告美代子」という。)並びに訴外勉の子である原告慶治、原告薮西繁(以下「原告繁」という。)及び原告薮西善美(以下「原告善美」という。)の四名が、訴外勉の有する損害賠償請求権を相続により承継した。

よつて、原告らは、被告に対し、自賠法一六条に基づき、請求の趣旨1記載のとおりの支払いを求める。

8  仮に、被告が主張するように、原告慶治の相続分が混同により消滅したとすれば、その余の原告三名が法定相続分に従つて承継した損害賠償請求権の総額は、自賠責限度額一六二〇万円を超えているから、原告繁、同善美について請求を拡張して、被告に対し請求の趣旨2記載のとおりの支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、4の各事実及び同7のうち相続の事実は認める。

2  請求原因2の事実は知らない。

3  請求原因3の事実については、左の(一)(二)を除くその余の事実は知らない。

(一) 請求原因3(二)(1)の後遺症に基づく逸失利益の主張は、平均就労可能年数に基づくものであるところ、訴外勉が昭和五六年六月一二日死亡したというのであるから、その前提を欠き認められない。

(二) 請求原因3(一)(2)及び(二)(2)の訴外勉の原告慶治に対する慰謝料請求権は、次の理由により発生しない。

すなわち、本件事故は原告慶治が訴外勉の家業に従事中に発生したものであり、訴外勉の同乗の経緯は好意同乗といわれるべきものであり、そして本件事故により原告慶治と訴外勉及びその他の家族との間で円満な家族共同体が破壊されたと認められる事態もない。このような場合、訴外勉は原告慶治に対し本件事故に基づく慰謝料までを請求することはありえず、家族共同体の人間関係において宥恕しているものと考えられる。

4  請求原因5の事実は、左のとおり、これを否認する。

(一) 原告慶治の運行供用者性について

(1) 本件自動車は、その所有並びに自賠責保険契約名義が原告慶治となつてはいるが、次に述べる事情を総合すれば、訴外勉が本件自動車の実質上の所有者であつたというべきである。

(イ) 本件自動車は、訴外勉が営む家業である農作業に供されると同時に、原告慶治の通学に使用するために購入されたものであり、購入後も右使用目的に変化はなく、購入当初から訴外勉の営む農業のために使用されていた。

すなわち、本件事故は、訴外勉の指示により稲刈後の稲を乾かすための稲くいを運搬するため、原告慶治が本件自動車を運転し、訴外勉が荷崩れを監視する目的で本件自動車の荷台に同乗し、荷物を降した後、帰宅途中において発生したのである。また、本件事故車の用途は貨物用であり、本件自動車購入の約一年後に原告慶治のため普通乗用車が購入された際にも同車は下取りに出されることもなく、本件事故時まで、従前通り使用されていた。

(ロ) 本件自動車は、訴外勉が購入資金を負担し、税金、保険料、ガソリン代等の維持費、車検更新の費用等も訴外勉が負担していた。仮に、原告慶治が、同人のアルバイト収入から右費用の一部を訴外勉に渡していたとしても、それは、本件自動車の維持費を原告慶治が一部負担する趣旨であつたにすぎない。

(2) しかも本件事故当時、本件自動車は、専ら訴外勉の営む農業のため使用されていたものであるから、当時、訴外勉は、本件自動車の運行を支配し、これを自己の営む農業の農作業に供して利益を享受していた。したがつて、原告慶治は本件自動車の運行供用者ではなく、かえつて訴外勉が運行供用者であつた。

(二) 訴外勉の他人性について

仮に原告慶治に運行供用者性が認められるとしても、右の事実によれば、訴外勉は、本件事故当時、本件自動車について、原告慶治とともに共同保有者の地位にあつたものであり、かつ、その運行利益、運行支配は、原告慶治のそれよりも直接的、顕在的、具体的であるから、訴外勉は、本件事故につき、被告に対し自賠法三条の「他人」であることを主張できない。

三  抗弁

1  消滅時効

本件事故発生(昭和五一年一〇月一七日)から本訴提起(同五五年一一月一三日)までの間に、自賠法一九条による二年の消滅時効時間が経過しているから、被告には支払い義務は存しない。

2  好意同乗等

本件事故は、被害者の長男の運転により発生した親族間の事故であり、また、訴外勉が本件自動車に同乗するに至る経緯は、訴外勉が訴外勉の営む家業の農作業に本件自動車を積極的に供させるとともに、訴外勉がその荷台に同乗していたというものであつて、右の事実によれば、訴外勉は、いわゆる好意同乗者にあたり、かつその実質は共同運行供用者というべきであるから、訴外勉の損害を算定するに当つては、好意同乗者としての減額がなされるべきである。

3  混同

原告慶治は、本件事故の加害者であり、訴外勉に対し損害賠償義務を負担するものであるから、仮に訴外勉の死亡により損害賠償請求権を取得したとしても、混同により消滅したことになり、原告慶治の請求は理由がない。

四  抗弁に対する認否

1  消滅時効の抗弁について

(一) 訴外勉は、被告に対し、昭和五三年一〇月九日、傷害部分について自賠法一六条の請求をなしたところ、被告は同年一二月一日他人性なしとの理由により支払を拒絶した。訴外勉は、当時なお治療継続中であり、後遺障害の内容も確定しない状況であつたので、治療を継続し、後遺障害の確定をまつて、あわせて本訴を提起したものである。このように、訴外勉には実質的な権利行使の懈怠があつたとはいいがたいのであるから、被告は、時効を援用することはできない。

また、一旦時効期間内に請求がなされたことのある場合には、保険会社としては、その後ある程度の期間があき、形式的には時効が成立するような場合でも、あえて時効を援用しないという実務慣行がある。したがつて、被告が時効を援用するのは、妥当を欠く。

(二) 後遺障害部分については、昭和五五年七月九日に至るまでその内容が確定せず、自賠法一六条の請求をなし得なかつたのであるから、消滅時効期間は、右請求の可能となつた昭和五五年七月九日から進行を開始する。

2  好意同乗の抗弁について

争う。

3  混同の抗弁について

本件のように、一旦自賠法上の請求権が発生した後に相続が開始したような場合には、民法五二〇条但書の趣旨により混同は生じない。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生及び訴外勉の負傷

1  事故の発生

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  訴外勉の負傷

成立に争いのない甲第二号証ないし第五号証に弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故により、訴外勉は第六、第七頸椎脱臼骨折、頸髄損傷、右大腿骨骨折等の傷害を受けたこと、右治療のため昭和五一年一〇月一七日から同年一一月一五日まで市立三木市民病院に、同日から昭和五四年八月四日まで高原整形外科医院にそれぞれ入院し、昭和五四年八月五日から昭和五五年六月三〇日までのうち三一日間同医院に通院して治療を受けたこと、昭和五五年七月九日症状固定となり、本件事故のため訴外勉に膀胱直腸障害(前記頸椎脱臼骨折及び頸髄損傷に起因するものと解される。)による尿及び大便の常時漏出(ある程度の介護を要すると推測される。)、両上下肢の痙直性麻痺による運動障害(左上肢は正常の二分の一程度の運動性はあるが、右上肢及び両下肢は自動運動はほとんど不能)等の後遺障害が残つたこと、

以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。

二  被告の責任

1  自賠責保険契約の締結

請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

2  保有者責任の発生

(一)  原告慶治の運行供用者性

(1) 原告らは、本件自動車が原告慶治の所有であつた旨主張し、被告は、この点を否認して本件自動車が訴外勉の所有であつた旨主張するので、まずこの点につき判断する。

成立に争いのない乙第三号証、原本の存在及び文書の成立に争いのない乙第四号証、原告慶治及び同美代子に対する各本人尋問の結果を総合すると、本件自動車は、昭和五〇年一〇月ころ中古のものを購入したものであるが、訴外勉(父)がその購入代金約一七万円を立て替えて支払い、後に当時専門学校に通つていた原告慶治(昭和三一年四月生)がアルバイトによつて得た収入から右立替金を返済していたこと(若干の未払分がある)、本件自動車の登録及び自賠責保険契約はいずれも原告慶治の名義でなされていたこと、本件自動車の自動車税、保険料、車検費用等は訴外勉が支払い、ガソリン代も訴外勉が負担していたが、このうち車検費用以外は原告慶治が後に訴外勉に返済していたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないところ、右事実に、後に検討する本件自動車の購入目的、使用状況、運転免許の有無をも合わせ考えると、本件自動車は原告慶治の所有に属するものというべきである。

(2) そうすると、原告慶治は、原則として本件自動車を自己のために運行の用に供していたものと推認すべきところ、次に認定するとおり、訴外勉も本件自動車につき運行支配及び運行利益を有していたものと認められるが、原告慶治もまた本件自動車につき現実にその運行を支配し、かつ運行による利益を得ていたものといえるから、原告慶治の運行供用者性が失われるものとはいえない。

(二)  訴外勉の他人性

(1) 被告は、本件事故当時訴外勉もまた本件自動車の運行供用者であつた旨主張するので、この点につき判断する。

まず、本件自動車の購入目的及び購入後の使用状況について検討するに、前掲乙第三、第四号証及び原告慶治、同美代子各本人尋問の結果によれば、原告らの家庭では本件事故当時まで普通運転免許を有したのは原告慶治のみであり、したがつて、原告慶治のみが本件自動車を運転していたこと、訴外勉は普通運転免許を有せず、これを必要としない農作業用テーラーを使用していたこと、原告慶治は本件自動車をもよりの駅までの通学及び同人の個人的な用途に使用していたこと、その後本件事故の直前ころ、原告慶治は本件自動車とは別個に普通自動車を購入したが(その代金は訴外勉が支払い、原告慶治がそのうち一部を訴外勉に返済した。)、駅付近における駐車の便宜から、その後も通学には本件自動車を主として用いていたことが認められ、右認定をくつがえすに足る証拠はない。

しかしながら、他方、前掲乙第四号証の記載、原告慶治、同美代子各本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によると、原告慶治は前記専門学校に通うかたわら、休日などには軽四輪貨物自動車である本件自動車を運転して訴外勉の農作業を手伝つていたことが認められ、その回数も本件自動車購入後一、二回にとどまらず、ある程度の回数に及んでいたと認めるのが相当である。前記原告慶治、同美代子各本人尋問の結果中にはこれに反し、本件自動車を農作業に使用したことはほとんどない旨の供述部分があるが、前掲乙第四号証中の記載に照らし、採用し難い。

以上のとおり、本件自動車は、原告慶治の通学の用のみならず、訴外勉の農作業の用にも供されていたものであると認むべきである。

次に本件事故の際の状況についてみるに、成立に争いのない乙第二号証、前記乙第四号証及び原告慶治本人尋問の結果によれば、本件事故は、原告慶治が訴外勉の農作業を手伝つて稲刈りの際に刈つた稲を乾燥させるための稲くいを本件自動車で自宅から田へ運搬した後、訴外勉を本件自動車の荷台に乗せて帰宅する途中で発生したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告慶治が訴外勉の農作業を手伝うにあたつては、ある程度訴外勉の指示、指図に従つて農作業に従事していたであろうことは容易に推認されるところであり、本件事故当日においても、原告慶治はある程度訴外勉の指示に従つて本件自動車を運行していたことは前記認定事実及び弁論の全趣旨より明らかである。したがつて、訴外勉は、右の限度において本件自動車の運行を支配していたものというべきであり、また、右自動車の運行によつて利益を収めていたものであるから、訴外勉は、本件事故当時、原告慶治とともに本件自動車の運行供用者であつたものといわなければならない。

(2) 被告は、更に、訴外勉の本件自動車に対する運行利益、運行支配は原告慶治のそれよりも直接的、顕在的、具体的であるから、訴外勉は被告に対し、自賠法三条の「他人」であることを主張できないとするので、この点につき判断する。自賠法三条の「他人」とは自己のために自動車を運行の用に供する者及び自動車の運転手を除くそれ以外の者をいい、右運行供用者がいわゆる共同運行供用者でありかつ被害者であつた場合においても、その被害者たる共同運行供用者の運行支配が直接的、顕在的、具体的であるときは、右被害者たる運行供用者は自賠法三条の「他人」にあたらないと解すべきである。

そこで、右の観点から前認定の事実を要約すれば、

(イ) 原告慶治は、本件自動車の所有者として日常自己の目的(主に通学)のため使用すると同時に、訴外勉のため農作業を手伝う目的で自ら本件自動車を運転することもあつたもので、本件事故も農作業用のくいを運搬して帰宅途中に発生したものであり、

(ロ) 他方、訴外勉は、自動車の普通運転免許を持つてはおらず、本件自動車を自己の農作業に使用するときには必ず原告慶治にその具体的運行を委ねており、本件自動車の運行に対する支配は原告慶治に対する指示を通じてなされていたに過ぎず、本件事故も訴外勉が本件自動車の荷台に同乗中に発生したものである。

というのであつて、以上の事実からすると、本件事故当時の運行状況において、原告慶治の本件自動車に対する運行支配は、訴外勉のそれより直接的、顕在的、具体的であると認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の次第であるから、訴外勉は、被告に対し、自賠法三条の「他人」であることを主張できるものと解され、この点に関する被告の主張は、採用することができない。

3  消滅時効について

(一)  まず、本件事故による傷害部分の損害賠償請求権についてであるが、昭和五一年一〇月一七日に本件事故が発生したことは当事者間に争いがなく、同五五年一一月一四日に本件訴えが提起されたことは当裁判所に顕著であるから、右損害賠償請求権は、昭和五一年一〇月一七日を起算点として、自賠法一九条による二年の消滅時効期間が経過した時点で、時効によつて消滅したものというべきである。

これに対し、原告らは、訴外勉には実質的な権利行使の懈怠があつたとは言えないとして、訴外勉が被告に対し昭和五三年一〇月九日に自賠法一六条に基づき支払請求をなしたこと、当時は治療継続中で後遺障害の内容も確定しなかつたこと等を主張し、弁論の全趣旨によると右の事実を肯認しうるが、右事実があるからといつて、右請求後六か月以内に訴える提起がない以上、前記判断を左右することはできない。

また、原告らは、右の様に一旦時効期間内に請求がなされたことのある場合には、保険会社は形式的には時効が成立する場合でもあえて時効を援用しないという実務慣行が存する旨を主張するが、原告ら主張のような実務慣行の存在を認めるに足る証拠はなく、原告らの右主張は採用することができない。

(二)  次に後遺障害部分についてであるが、成立に争いのない甲第五号証並びに原告慶治及び同美代子に対する各本人尋問の結果によれば、訴外勉の後遺障害は、昭和五五年七月九日に至つて初めてその内容が確定したこと、右時点以前には、訴外勉は後遺障害の存在・内容及びこれによる損害を知りえなかつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によれば、後遺障害部分については同日より消滅時効期間がその進行を開始するものと解されるところ、同日を起算点として二年以内に本件訴えが提起されたことは既に認定した事実から明らかであり、したがつて後遺障害部分については、被告の抗弁は理由がない。

三  損害

1  後遺障害に伴う逸失利益

(一)  逸失利益の額

(1) 既に認定した事実に原告慶治本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外勉は、昭和二年一二月一六日生れ(当時四八歳)で、主たる職業は農業であり、副業として訴外渋谷建設株式会社の現場関係の作業に従事して収入を得ていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によると、訴外勉の本件事故当時の年収は、昭和五一年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計による男子労働者の年間給与額及び年間賞与額の合計金三一八万五二〇〇円を下回ることがないというべきである。

(2) 訴外勉は、前記一2に認定したとおりの各後遺障害を受けたが、これらの各障害を総合した場合には、訴外勉の労働能力は全く失われたものとするのが正当である。

(3) 成立に争いのない甲第五号証によれば、昭和五五年七月九日、訴外勉につき症状固定の診断がなされた事実が認められ、また、同人が同五六年六月一二日に死亡した事実は当事者間に争いがない(右死亡が本件事故に起因するものと認むべき証拠はない。)。してみると、訴外勉は、本件事故により、昭和五五年七月一〇日から同五六年六月一一日までの三三七日間労働能力を全く喪失したものと解される。

訴外勉は、本訴提起後に死亡したものであるが、かかる場合に右のように就労可能年限を現実の死亡時までに限ることには異論もありうるけれども、損害賠償は単純な民事制裁ではなく、あくまでも生じた損害の填補を目途とするものであるから、就労可能年数についても右のように具体的に認定せざるをえないところである(このように解すると、平均就労可能年数に基づく請求に対し、その旨の支払いが命ぜられ、あるいは支払いがなされた後に被害者が死亡した場合と対比したとき、具体的均衡を失するかにみえるが、かかる場合には、理論的には、請求異議、不当利得返還請求等の行使が認められて然るべきものであつて、実際上の問題は格別、理念的には均衡を失するものとは解されない。)

(4) そうすると、右期間の逸失利益は次のとおり金二九四万〇八五五円と算出される。

3,185,200×337/365=2,940,855(円未満切捨)

(二) 好意同乗等による減額

訴外勉が本件自動車に同乗するに至つた経緯及び訴外勉も本件自動車につき運行支配・運行利益を有することは前記二2(二)に認定したとおりであるから、信義則上右同乗の経緯等を斟酌し、前記逸失利益の五割を減額するのが相当である。

したがつて、訴外勉に生じた逸失利益のうち金一四七万〇四二七円(円未満切捨)をもつて、被告に請求しうる金額とする。

2  後遺障害に伴う慰謝料

(一)  前記認定の後遺障害の内容及び程度、訴外勉と原告慶治とが親子の関係にあること、訴外勉が本件自動車に同乗するに至つた経緯、訴外勉も本件自動車につき運行支配・運行利益を有していたこと、その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、本件事故による後遺障害に伴つて訴外勉が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金五〇〇万円をもつて相当と解する。

(二)  被告は、訴外勉は原告慶治に対する慰謝料の請求を家族共同体の人間関係において宥恕しているから慰謝料請求権は発生しない旨主張するが、一般に一個の円満な家庭生活を営んでいる共同体の構成員相互間(近親者間)において一方が不法行為によつて他方に損害を加えたときも、原則として、加害者たる一方は被害者たる他方に対し、その損害を賠償する責任を負うと解すべきであり、ただ円満な家庭生活をゆえなく破壊するごとき態様において損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用として許されないことがあるにすぎないと解するのが相当である。

本件のように、子の過失に基づく交通事故により損害を受けた父親(すなわちその相続人である原告ら)が、自賠法一六条一項による被害者の直接請求権に基づき、保険者に対し、損害賠償額の支払いを請求する場合には、加害者たる子の損害賠償責任は、右の直接請求権の前提にすぎず、この直接請求権が行使されることで共同体が破壊されるおそれはなく、他方被害者たる父親、したがつてその相続人である原告らに損害の生じている限り、自賠責保険によつてこの損害の填補を認めることは、加害者たる子、あるいは被害者たる父親したがつてその相続人である原告らをいわれなく利得せしめるものとはいえず、また自賠法が運行供用者の共同体の構成員を自賠責保険の保証から除外する規定を設けなかつた立法趣旨にも合致するものと解される。

そして、右の理は、被害者たる父親(すなわちその相続人である原告ら)が加害者たる子に対し慰謝料を請求する場合においても原則として妥当するものというべきであり、ただ、慰謝料の場合は、その性質上、本件事故が近親者間において発生したという事情が、その額を決定するに際して重要な要素として考慮されるべきであるとされるに止まるものと解せられる。

したがつて、被告の主張は右の限度で正しいものと言うべく、これを越えて一切の慰謝料請求権の不発生を主張する点は、これを採用することができない。

3  よつて、前記損害の合計額は金六四七万〇四二七円となる。

四  損害賠償請求権の承継等

1  自賠責保険の直接請求

被告は、請求原因6の事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2  損害賠償請求権の承継

訴外勉が昭和五六年六月一二日死亡したこと及び同人の法定相続人が妻である原告美代子、子である同慶治、同繁、同善美であることは、いずれも当事者間に争いがない。法定相続分は、妻が二分の一、子が各六分の一である。

3  混同について

被告は、右相続により原告慶治の請求権は混同により消滅したと主張する。

たしかに、原告慶治については債権債務が同一人に帰したこととなり、混同によつてその債権は消滅するかにみえる。しかも、自賠責保険は、保有者が負担した賠償責任を填補するための制度であつて、保有者の賠償義務の存在を前提とするものであり、被害者の保険会社に対する直接請求権も、被害者に対し保険金額の範囲内で賠償請求権の迅速な実現を得しめるために、自賠法が特別に設けたものにほかならないから、被害者の保有者に対する賠償請求権の存在を前提とすることにかわりはない。

しかしながら、民法五二〇条が混同による債権の消滅を定めたゆえんのものは、債権債務の成立及びその有効性を前提としつつ、両者が同一人に帰した場合には、一般的にはその存続を認める実益がないからにほかならないと解される。したがつてまた、同条但書は、債権が第三者の権利の目的となつている場合には、債権は消滅しないと定めているのであるが、右本文及び但書の趣旨からすれば、債権が第三者の権利の目的となつている場合に限らず、第三者の義務にかかわる場合であつても、右第三者の義務を消滅させる合理性が存しない場合には、債権債務は混同により消滅しないものと解すべきである。

自賠責保険の場合には、保有者の賠償責任が発生した場合には、被保険者の悪意等の場合を除き、保険会社は保険金額の範囲内で必ずこれを支払わなければならないものであり、かつ特定の場合以外は保有者に対する求償も認められないと解されるのである。このようにして一旦保険会社の支払義務が発生した後に、何らかの原因でその支払いがなされないでいる間に、たまたま賠償請求権と賠償義務とが同一人に帰したからといつて、保険会社が支払義務を免れるとすることには、合理性は存しないというべきである(しかも、本件においては、訴外勉が一旦被告に対し直接請求をし、保険者が支払責任なしとしてこれを拒否した後に相続が生じたものであり、かつ客観的には被告の支払拒否は理由がないことが明らかとなつたものであるから、混同により被告の支払義務も消滅するとするのは著しい不合理である。)。

したがつて、かかる場合には、相続人たる保有者の保険会社に対する請求権はなお消滅しないものと解するのが相当である。

4  そうとすると、原告らが承継した損害賠償請求権は、原告美代子が金三二三万五二一三円(円未満切捨)、その他の原告が各金一〇七万八四〇四円(円未満切捨)となる(端数切捨により原告らの合算額が訴外勉の請求権より少なくなるが、特に不合理とは解されない。)。

五  結論

以上のとおりであるから、被告は、原告美代子に対し金三二三万五二一三円、原告慶治、原告繁、原告美代子に対しそれぞれ金一〇七万八四〇四円及びこれらに対する訴外勉が被告に支払請求をした日の翌日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(本件直接請求権が商事債権であることは解されない。)を支払うべく、本訴請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、そ余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩井俊)

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